関西ゴルフサークル セブンエイトの「tuwamono ツワモノ」倶楽部チャンピオンのインタビューページのタイトルVol.3

ゴルフサークル「Seven Eight セブンエイト」の「tuwamono ツワモノ」第3回のインタビュー田中 剛さんのページタイトル写真

名神八日市カントリー倶楽部

田中 剛

1993年・1997年 倶楽部選手権獲得

セブンエイトメンバーの田中 剛さんはサークルの熟年メンバーのお一人で、倶楽部チャンピオンを2度獲得されています。 TUWAMONOインタビューでは、チャンピオンに至るまでの軌跡を振り返っていただきました。1992年に名神八日市カントリー倶楽部に入会、翌年1993年と1997年に倶楽部選手権を獲得された田中さん。現在は名神八日市カントリー倶楽部を退会されておりますので、インタビューには、2021年に入会された、京都ゴルフ倶楽部・上賀茂コース様にご協力いただきました。


ビハインド・ザ・ヘッド!

「左向け~右!」


●ゴルフの切っ掛けはいつ頃ですか?

1968年 大学入学の18歳の時に始まった「大学紛争」、全学ストへと発展しましたので、九州の実家へ戻った時、たまたま始めたのがゴルフでした。練習場と河川敷のコース「豆津ゴルフ場」を友達と楽しんでいました。昔の話になりますが、当時500円位だったと思います。

豆津ゴルフ写真

写真 : 佐賀県・豆津ゴルフ場

昔のアルバムのイメージ写真

写真 : 福岡県・小郡カンツリー倶楽部

●はじめてのラウンドは?

父が会社の取引先の方を集めてゴルフコンペを主催。そこに飛び入り参加したのが初ラウンドでした。コースは「小郡カンツリー倶楽部」現在は27ホールのコースですが、当時は18ホールの新しい綺麗なコースで、スコアーは98でしたので、周りを驚かせた事を覚えています。ゴルフは父も好きで理解がありましたので、練習によく連れて行ってくれましたから。

●ゴルフに必要なスキルは?

大学当時の事ですが、東京に戻ったある日、ゴルフがとてもお上手な居酒屋のマスター(HC_1)のすすめで、「小金井カントリー倶楽部」のキャディーのアルバイトを3ケ月間やりました。当時は4バッグをリヤカーの様な物に積んで、それを手引きで回るんですが、私の様な若造にも真摯に接していただいたお客様ばかりで、素晴らしい思い出です。技術は全くでしたが、キャディーマスターからコースマネージメントは基礎から教えて頂きましたので、お客様には自信を持ってアドバイスするのですから、不思議な感覚です。

インタビューに答える関西ゴルフサークル セブンエイトの森田雅直さん

写真 : 東京都・小金井カントリー倶楽部

ボールを持つ手のアップ

●キャディー時代、印象に残る出来事は?

平日、100人位のコンペがあって、キャディーに着いた組のお客様のお一人にいろいろアドバイスを求められました。残り距離は勿論、グリーンの芝目や傾斜、攻め方等、アドバイスしました。すると、その方が優勝されたんです。コンペのパーティーの後にキャディー室まで来られて「今日は君のお陰で優勝出来たよ。ありがとう!」と大きな袋をいただきました。中には有名なお菓子が一杯入ったいたので、その方がお菓子メーカーの社長さんだった事を知りました。いただいたお菓子よりも、お客様の「ありがとう」の感謝の言葉は忘れられない思い出です。

また、倶楽部ハウス内で来週の月曜日「ジャックニクラウスが来ると」耳にし、誰とラウンドされるんですか?と聞くと「田中角栄!総理大臣!」と聞いてビックリで、その日、私も倶楽部に来て良いですか?と聞くと勿論NOでした。こっそり塀の隙間から見えないかな?とゴルフ場へ行ったのですが、勿論誰一人入れないセキュリティーでガードマンがコースを取り囲んでいました。

アイアンクラブのアップ

カップインしたボール

●キャディー経験で学んだ事は?

コースマネージメントは勿論、プレイヤーは「ここは、こうしたい!」と思うのですが、アマチュアですから、やれる事の少ない事を学びました。だからと言って攻めないのも臆病ですからね。これがゴルフの面白いところなんですよ。

●スイングで大切にしている事は?

「大学紛争」が続く中、大学4年の7月に実家に戻ったのですが、その時、45日間、毎日練習場に通いゴルフに没頭しました。この間、6回のラウンドも経験しラウンド後も練習場に通うのです。当時、20代で毎日練習しているのも珍しく、ゴルフのお上手な方がアドバイスしてくれるのです。中には「教え魔」の方もいましたが、上手くスルーしながら、この方のスイングが良いな!と思う人にアドバイスをいただきました、それは「左向け~右!」、まさに「ビハインド・ザ・ヘッド!」です。このアドバイスが私の基本になっています。このアドバイスをいただいてから100を叩くことは無くなりました。

ホールアウトした田中さんの写真

パッティングする田中さん

●倶楽部の入会は?

21歳の時に、佐賀県・ブリジストンカントリー倶楽部に入会。23歳の時に、滋賀県・信楽カンツリー倶楽部のオープンに入会しました。お客様でお上手な方もここのメンバーになられて、後に倶楽部チャンピオンにもなられるのですが、よく一緒にラウンドさせていただいたお陰もあって、私も30歳の時にシングルプレイヤーになれました。

●素晴らしいゴルフライフですね?

それが、36歳の時に胃がんが見つかり、胃を全摘出する手術をするのですが、しばらくゴルフから離れて、ダイビングや自転車で身体を少しずつ戻しました。快気祝いコンペをした時に、77でラウンド出来た事でゴルフに再燃しました。

パッティングする田中さん2

倶楽部ハウスでインタビューに答える田中さん

●倶楽部選手権の挑戦は?

1992年 40歳の時に友人の誘いで、滋賀県、名神八日市カントリー倶楽部に入会しました。その翌年の1993年に倶楽部選手権に初挑戦しましたが、研修会にも入っておりませんでしたので、決勝まで行くと周りは誰も私を知りません。「エッ! 誰やあいつ!」と呟きが聞こえてくるんです。決勝の相手は前年のチャンピオンでした。1番ホールから5連続アップし、それが36ホールの貯金になって勝つことが出来たのです。対戦後握手を交わし「えぇゴルフしたな!」と賞賛の言葉をもらった時、緊張が解けた感じでした。

●2回目の倶楽部選手権は?

1994年~1996年は仕事が忙しくて倶楽部選手権に参加出来ませんでした。仕事の予定も調整し1997年に再チャレンジ。決勝戦の36ホールをイーブン。エキストラホールの5番で勝利する事が出来たのですが、この時の対戦相手が、名神八日市カントリー倶楽部の入会時に大変お世話になった方で、気持ちはやりにくい試合でした。

この試合に付いてくれたキャディーが緊張感が増してくる中、ゴルフから離れた話をしてくれたんですが、その時、気持ちがフラットになった様に感じたんです。不思議ですが肩の力が抜ける感じです。試合後キャディーさんに「勝てたのは貴女のお陰です。ありがとう!」と御礼を言いました。

2回獲得した倶楽部チャンピオンプレート

●田中さんは絶品アプローチの持主ですので、アドバイスをいただけませんか?

アプローチは30ヤードを基本にしています。クラブはピッチングウエッジ、アプローチウエッジ、サンドウエッジの3本で、ボールをセンターの位置が基本で、それよりボール1個前とボール1個後ろでクラブが同じでもボールの高さが変わります。3本のクラブ、3箇所のボール位置を基本に、クラブを急加速させずゆっくりスイングするんです。スピンはかかったり、かからなかったりするので、スピンをかけないアプローチを基本にしています。後はフェースを少し開いたりする応用編が必要になりますね。

田中さんとの記念写真

株式会社イオミックさんの「親睦チャリティーコンペ」に二人で参加した時の記念写真

名神八日市カントリー倶楽部 競技結果
日時 タイトル
1993/10 倶楽部選手権 獲得
1997/10 倶楽部選手権 獲得

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